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2005年01月 アーカイブ

2005年01月01日

2005年、今日でブログ1周年でーす

さあ2005年が始まりました。このブログも開始したのが2004年1月1日でしたので、ちょうど1周年になります。意地でも元旦に公開してやる、って思っていたのが1年前かと思うと感慨深いです。

振り返ってみると、1年間の総エントリー数は285でした。1回のエントリー文字数も多いので、かなりの量になっていると思います。アテネ五輪のために3週間ほど止まったときもありましたが、1年=365日ですから、よく書いたなあというのが実感です。バックナンバーはこちらから。

ただ、結局僕自身の備忘録的使い方になってるという点は否めません。こういうブログをつけていると、1年間の自分の行動が振り返られる、それはそれですばらしい財産だと思う。僕みたいにMovableTypeをサーバーを借りて入れろ、とまでは言いませんが、各会社が多数のブログツールを提供していますので、是非とも一度試してほしいと思います。慣れると楽しいもんです。

2005年のブログ的僕の目標としては、定期更新。ですかね。まとめて更新することもあったので、なるべく時間通り更新していきたい。一日複数投稿があってもいい。ただ、欠点としては毎日帰るのが0時を過ぎているので・・・それが何とかなればもっと更新頻度も上がっていくと思うんですけどね。このあたり何とかしたい。頑張ります。

さて、元旦と言うことで友達Nと熱田神宮に行ってきました。熱田神宮は名古屋では有名な神社です。日本武尊が祭られているということで名前ぐらいは知っている人がいるんじゃないかなぁ。

大晦日の格闘の感想も機会あれば書きます。

昨年もいろいろお世話になりました。本年度もどうぞ当ページを宜しくお願いいたします。

2005年01月02日

元旦の団欒

ということで元旦。熱田行ってから寝て起きる。

兄が東京から朝名古屋まで帰ってきて家族4人で父方の祖母の家(瀬戸)に行く。毎年恒例になっているのだけど、近くの八幡様までお参り、そしてお墓に行く。


写真は八幡様の神社。小さな神社だけど毎年かなりの人が来ています。

それから名古屋まで戻って、母方の爺ちゃんを家まで呼んで団欒。親戚も2組来ていて狭いスペースに12人ほど机を囲む。お婆ちゃんが亡くなったのは残念だけど、こういう形でたくさん話す機会が出来たのは大きなきっかけかも。本当にいい機会だった。お爺ちゃんも是非とも長生きしてほしい。

P.S.ということで実は今年は喪中です。年賀欠礼失礼します。

2005年01月03日

早稲田スポーツ日和

1月2日は実は早稲田スポーツ日和だったりする。

朝起きてから箱根駅伝を見る。僕が大学4年だった2002年は3位という好結果を残したものの、2003年・2004年は15位・16位と沈んでいた。今年はどうか、と思ってみていたけど、やはり急に実力をつけさせるのは難しい。予選会1位という成績で臨んだ往路も去年と同じ15位で往路フィニッシュ。明日に期待・・・したいがとにかく来年につながる走りをしてほしい。

また、14時からはラグビー大学選手権の準決勝もあった。詳しくはスポコンでレポート書いたので見てください。早稲田は同志社に危なげなく完勝。今年ほど安心して見られる年も珍しい。9日の決勝では優勝してくれることを祈ります。

ラグビーが終わった後ちょっと時間があったので自転車で栄まで向かう。ところが、カフェでも入ろうと思って彷徨っていたとき、偶然、予備校時代の友達Yに会う。Yは名古屋在住なので、会う確率がないわけではないとはいえ・・・。YはH橋大に行っていて今は某製鉄会社に勤めている。会おう会おうって言ってて2年ほど会えてなかったのに、偶然会うことが出来るとは世の中不思議だ。

で、Yと別れてからちょっとカフェで時間つぶしてから帰宅、家族&従兄弟&おじいちゃんで夕飯を食べて終わる。


写真は栄のテレビ塔の写真、きれいです!

箱根で早稲田の調子が良かったら3日早朝に東京に戻って応援する予定だったけど、断念。3日は京都・大阪まで初詣しに行きます。いろいろ動いて会社に入るまでの気力を整えたいと思います。

それにしても2日は早稲田OB/OGにとってはいい日。ラグビーは本当に強いので、あとは駅伝がもっと強くなってくれれば・・・切に願う。

2005年01月04日

一日で5回の待ち合わせ

ちょっと無理があったかな、と帰宅して思う。1日で5回も待ちあわせしてしまった。朝、昼・夕・夜・深夜。むう。

3日は昨日のエントリーにも書いたとおり京都まで初詣に出かけた。朝9時の新幹線に乗って京都へ。京都へは新幹線ならたった40分、すぐ着く。

10時過ぎに京都の後輩と待ち合わせる(1回目)。丹波橋で待ち合わせをして伏見稲荷まで出かける。日本三大稲荷の1つ(あと2つは豊川稲荷・笠間稲荷)。といいつつ、稲荷は商売の神様なので自分には関係ないんだけど・苦笑。せっかくなので開運お守りを購入、外の店でウナギ&稲荷寿司を食べる。お稲荷さんの前で稲荷を食べる、というのもいいね。


三大稲荷と言うことで人もたくさんいました。年配の人多すぎだったけど。

で、後輩も午後から用事ということで別れ、僕は京都駅で12時半に別の後輩Fと待ち合わせ(2回目)。Fとはよくラグビーを見に行く仲。大津が実家で帰省中、せっかくなので呼び出した、感謝。Fとは平安神宮→青蓮院→知恩院と行き、清水寺まで行こうと思ったけど時間がなくアウト。京都駅までタクシーで行って別れた。


知恩院は僕の心のふるさと。母校が仏教校だったので毎年来ていました。

で、僕は京都からJRで大阪駅まで。17時半に梅田でサークル同期Hと待ち合わせ(3回目)。Hは結婚パーティ以来の2ヶ月半ぶり。大阪在住なので家も近いらしい。世間話でもしながら大阪名物お好み焼きを食らってこちらも別れる。

で、そこから19時にサークルの後輩Kと待ち合わせ、Kは阪南に住んでてこちらもメール出したら来てくれると言うことで待ち合わせ。Kと合流してから社会人同期のSとも合流(4回目)、Sの友達の合流し4人で軽く居酒屋で飲む。Sは茨木が実家で、昨日僕がブログで「大阪行く」って書いたらそれを見てメールしてきた(笑)。同じビールでも東京以外の場所で飲むとおいしく感じられるのは僕だけか。

20時半に切り上げて僕は新大阪駅へ。21時18分の最終の新幹線に乗る。自由席は帰省ラッシュということでムチャクチャ混んでたけど、始発と言うこともあり何とか座れたので良かった。で、小学校からの大親友Jが同じ最終の新幹線に乗っている(指定席)ことは知っていたので車内でメールする。東京駅のホームで待ち合わせる(5回目)。Jの家は沼袋にあるので高田馬場まで一緒。東京駅から大手町まで歩いて東西線に乗って馬場まで、そこで別れて帰宅。

翌日から会社なのにも関わらず遠征したのは疲れたかな・・・パソコン開く時間もなかった。でも、名古屋から東京までの新幹線切符は約1万円、名古屋から京都・大阪を経由して帰っても2万円ぐらいで済むので、プラス1万円で京都・大阪観光出来たと思えばよかったんじゃないかな、と。

京都・大阪付近の知り合いの皆様、また近く行ったときは宜しくお願いしますー。

2005年01月05日

K-1 vs PRIDE vs 紅白の勝者は

紅白、K-1、PRIDEの視聴率が発表された。

案の上と言うか、紅白は例のNHKの不祥事の影響もあったし、目玉がいなかったということもあり視聴率は低下の一途。紅白は40%を割り込み(39.3%)、K-1が20.1%、PRIDEが18.3%(2部)と続いた。この数値が意味するものは、もう大晦日の格闘イベントが紅白と比するものになったと断言できる。

「あれ」と思った格闘ファンは多かったに違いない。「どうしてK-1がPRIDEより上なんだ」と。おそらく格闘を少しでも興味をもって見た人なら間違いなくPRIDEがK-1より上だったというに違いない。

PRIDEのヒョードルvsノゲイラの戦いは間違いなく近年最高レベルの試合だった。シウバvsハントの試合はハントがヘビー級の意地を見せてPRIDE18戦無敗の?絶対王者”シウバに土をつけた好試合だった。吉田とガードナーの戦いは、吉田が経験で上回ると思っていたが、ガードナーの巧者ぶりが目立った。五味は軽量級エースの座を確実にした。瀧本は判定ではあるが、負けん気の強さを見せ次に繋げた。今年行われるPRIDEミドル級GPに夢を膨らませるすばらしい大会だった。相撲vs柔道、柔道vsレスリングなど異種格闘技ならではの抗争もある。安生は予想通り負けたし(笑)。競技としてのPRIDEの質は毎年上がっていることが実感できるだろう。

一方のK-1だが、持てるソフトは競技のレベルの高さではなく話題性であった。曙、サップ、魔裟斗など日本屈指の知名度を誇る選手ばかり。曙は大方の予想通り巨体を活かせずホイスに負け、サップはスタミナが切れて小さくなると言う醜態を見せた。競技としてのK-1の姿はこれでいいのだろうか。ただ、光明は魔裟斗と山本KIDの試合に見えた。中量級ということでメインからはずされたこの2者のカードだが、本当にレベルが高かった。中量級では最高の試合だったのではないか。ダウンを奪われた後の魔裟斗の鬼の形相、KIDの野生のパンチ力、どれも素晴らしい。素晴らしい、だからこそ続くサップ・曙の試合が情けなく見えた。ワールドGPが12月上旬に行われる関係からか大晦日に主力の出陣が難しいと言う事情もあるかもしれないが、全体としての質は決して高くはなかったと思う。


写真は昨年観に行ったのDynamite!今から思えばカードは大して良くなかったか。

しかし、世間はK-1>PRIDEと結論を出した。元旦のスポーツ新聞を見ても大きな活字で踊ったのはK-1だった。PRIDEは確かに玄人向けかもしれない。一般人に受け入れられやすいのはヒョードルではなく曙・サップであった。残念なことだがこれが現実ともいえる。個人の希望としてはいつの日かPRIDEがK-1を上回る日が来てほしい。もちろん、K-1もハイレベルな試合はある。今回の「魔裟斗vs山本KID」級の試合が組まれるなら大歓迎したい。

なお、紅白はマツケンサンバ以外見どころがなかった。。若者の心は紅白には向いていない。粘り強い改革が必要だと思う。

しかし、大晦日=格闘というのが定着しつつある年末。個人的にはプロレスがもっとメジャーになってほしいと思うんだけど・・・。

2005年01月06日

デジカメ紛失・発見・故障

僕はデジカメを2つ持っている。
12倍ズーム(デジカメ最大)200万画素のLUMIX DMC-FZ1と軽量SONY DSC-U50の2つ。スポーツ等観戦用のFZ1と、いつも気軽に持てる形でU-50とうまく使い分けているつもり。Fz1は重いので常時持ち歩くにはきつい。U-50は今もっているパソコンが同じSONYなので連携がうまく取れるのが嬉しい。

まぁそんなで年末年始もデジカメ2つとも持って帰ったのですがそこでハプニング。軽量のU-50が東京に戻ると紛失が判明。失意の元、東京駅のJR東海の新幹線遺失物保管所に5日朝早起きして向かった。すると・・・発見。多謝。FZ1も実はなくしたことがあった。最終の新幹線だったのでうまく保管できたみたい。小さいので逆になくさないようにしないと・・・。

それで一件落着かと思いきや、FZ-1が壊れていることが判明。レンズが出てこないという致命的故障。時間見つけてなんとか直したい。

ホノルルマラソン中にもiPodが壊れたりして(あとで直る)、結構ヤバイかも。PCなんか故障して直らずに新しいの買ったしなぁ。もっと丁寧に扱うことにします・・・。

それにしてもズームデジカメも故障は痛いな。今週末はラグビー大学選手権の決勝というのに・・・うーん、それまでに直ればいいんだが・・・。無理か。

2005年01月07日

大切な五つの心

京都の初詣にて青蓮院に行って来たことは軽く書きました。

おそらく青蓮院って知らない人がほとんどだと思うのですが、JR東日本の「そうだ、京都行こう」のポスターに使われていた、といえば分かる人もいるかもしれない。場所は洛東の知恩院の北にある。この洛東一体は京都ではお気に入り。青蓮院や高台院のライトアップ(夜間拝観)とか是非とも一度行くことをオススメします。


青蓮院の入り口。澄み渡った空気が心を落ち着かせてくれます。

それはともかく、青蓮院でちょっと気になった文言が壁に張ってあったのでご紹介。

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大切な五つの心

一、はい という素直な心
一、すみません という反省の心
一、おかげさまです という謙譲の心
一、させていただきます という奉仕の心
一、ありがとうございます という感謝の心

よき心の灯で一隅を照らそう

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おそらく仏教(天台)の中の教えの1つだと思うけど、当たり前のことを言っているだけだがなぜか響く。GOOD LUCKという本が流行ったように、こういう当たり前のことを見返す時期が来ているのかもしれない。先日の奈良の幼児殺害事件やドンキホーテの放火もそうだけど、「悪意」を持った人が多数出てきた。情報がたくさん入ってくるようになり、趣味の多様化が不安定な世の中を作り出している。さらに新潟・スマトラの地震・台風などの自然災害も不安をさらに煽ってくる。「災」が去年の漢字だという指摘も間違いではない。

不安な世の中と共に国民のモラル意識がどんどん低下していく。道しるべとしての「道徳」をしっかりと身につける必要がある。

大切な五つの心、僕も常に忘れないようにしたいと思う。

宗教チックで失礼しました。。

2005年01月08日

風邪だな、こりゃ

金曜日。火曜日から会社が始まったが、ようやく金曜日。これが過ぎれば3連休・・・のはず。

だが、年明けてからの無理が祟ったか、体の調子が悪い。頭痛と鼻水が出ている、まさしく風邪。少し仕事をしたあと、近くの病院に診てもらいに行く。注射をしてほしい、とゴネたがしてもらえず(ToT)。薬をもらって会社に戻る。

医者に行くと何がいいかと言うと、実際に直るかどうかは別にして「医者に診てもらった」という心理的要因がいいんじゃないかと。つらくても「医者に診てもらったから治るはずだ」と勝手に思える。

会社が終わるとちょっと早かったので、中高の友達Kに電話すると空いてると言うので田町まで。Kとはパソコン買って以来なので1ヵ月半ぶりか。で、慶応の大学目の前のKのおススメの店に入り呑む。見たこともない料理が出てきて驚いた。いい店だった、また行きたい。

Kとは業界が一緒なのでいろいろ情報交換している仲。実は会社の1つ上の先輩が大学時代の友達(僕は中高の友達)ということで、今度焼肉でも食べようという話になってます(笑)。人と人の繋がりは大事にしていきたい。

ただ、ちょっと風邪・・動けないほどではないのでいいけど、すんなり治ってほしい。大丈夫だろうか。

2005年01月09日

人と人をつなげること

前に500人キャンプというイベントに参加した時に一緒の班だった後輩Oよリ週頭にメールが来て、ちょっと相談がある、と言う。

詳しい内容は言えないけど、用件として別の後輩Fと話したほうが話が早そうなので引き合わすことに。15時半に新宿で待ち合わせ、近くの喫茶店に入って2時間ほど話した。うまく行くといいと思う。

紹介業というわけではないけど、僕自身が人と人を引き合わすことは良くあるし、それによって今も一緒にずっと仕事をしたりしている人もいる。これって非常に重要なことだと思う。友達の輪というのは決して自分中心に回るものじゃない。友達同士を引き合わせてプラスなことがおきるのであれば喜んで紹介して行こうと思う。

最近SNSの発達などで単に「会う(遊ぶ)」だけみたいなイベントが増えている。まったく次につながらないし、意味がないと思う(登録者を増やしたいだけか)。50人以上集まるようなイベントより少人数でガッツリ話したほうが絶対に次につながるし、楽しい。つながることが重要なんじゃない、つながって何をするのか、そういう部分を考えて生きていきたいと僕は思う。

引き合わせが終わってから別れて場所を移動して軽くPC作業をする。そして夜にゴールデン街に移動。

前に行ったのは7月だから久しぶりだ。ムチャクチャ人が居てびびった。タワーゲームで遊んだり、ダーツバーに行って勝負をしたりしてあっと言う間に終電過ぎ。結局タクシーで馬場まで帰って帰宅。

疲れた。でも3連休だし、いい日だった。

2005年01月10日

ラグビー大学選手権行った

9日はラグビーの大学選手権決勝の日。早稲田が強くなってからこの日に毎年試合を見に行けるのは本当に幸せなことだと思う。決勝の相手は関東学院、早稲田が昨年同じ決勝で惜敗しただけに雪辱戦になる。

寝たのが遅かったので起きたのが12時過ぎ、慌てて国立競技場へ向かう。14時の試合開始直前に到着した。今日は会社の先輩と観戦、ラグビー分からないと言うことで解説込み。僕はなるべくコアな試合以外はラグビーを知らない人(ないしあまり行く機会のない人)と行くようにしている。ルールが難しいっていうのもあるけど、ラグビーを1人でも多くの人に知ってもらいたい、一度見てもらえば面白さが分かってくれると思う。

試合は早稲田が圧勝かと思ってみていたら関東学院の善戦(失礼)により見てて面白い試合に(詳しくはスポコンレポート参照)。結局31-19で早稲田の勝利。35-14ぐらいが予想だったので予想の範囲内だけど、このままじゃ次の日本選手権が苦しいと思ったのも事実。早大史上最強FWという代名詞におごっていた部分もあったかと思う。やはりFWとBKが一体になるラグビーが早稲田のラグビー。日本選手権では切れ味のあるバックスが縦横無尽に秩父宮を駆け抜けてぅれることを願う。


デジカメが壊れたのでズームでは撮れません・・・(ToT)

終わってから軽くマッサージをしてから大久保まで移動。新年会を企画しようとしていて、場所を大久保の韓国料理屋にしようと思っていた。で、歌舞伎町を歩いていたら後輩Fとばったり・笑。「いろんなところで会いますねー」って軽く話す。予約した店は「ハレルヤ」と言う店、去年2月に行った店だけどおいしかった。来週が楽しみだ。

それから新宿に戻る途中で麺屋武蔵が空いていたのでこちらも1年ぶりに食べる。かつおだしがどうだと言う感じ。好きな人は病みつきなんだろうなあ。食べてから新宿ヨドバシで泣く泣くデジカメを修理に出す、直すの諦めた。それから帰宅した。

本を買っても読めない日が続いている。余裕見つけて読みたいなぁ。

2005年01月11日

少人数の鍋会

昼ごろ友人Sより「夜、地酒パーティやるから来い」とのメール。これで行ける自分もちょっと悲しい(苦笑)と思いつつ、空いていたのでちょっと用事を済ませてから行く。S邸に行くのは年末以来なのであまり間が空いてないなあ。

20時過ぎに行くと10人ほど既に来ていた。知らない人は半分ぐらいかな。だいたいこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。何故か地酒はなかったけど(苦笑)鍋食べたり酒飲んだりして話していた。楽しかった。Hさん、何故か主婦の格好だったし。

思えば、結構このS邸で話して仲良くなった人も多いと思うな。場所が狭いだけに記憶に残りやすいのかもしれない。オンラインでのつながりも増えてきているけど、やっぱりオフで会わないとダメかな、と思う。関係ないけどここで会ったIさん、大学時代の友人と高校の友達(実家も愛知)。世の中の狭さを実感してしまった

結局終電1つ前で帰宅。有意義な時間だったと思う。

ただ、この集まった力を何とかアウトプット出来るように考えないと・・・。時間見つけてサイト製作もやらないとダメだな・・・頑張ろう。

2005年01月12日

アップルiPod shuffleなど発表

アップルが新製品をたくさん発表したようですね。

夜中に後輩Nからマックエキスポ開催を知らされる。最近アップルに疎いなぁ、と思っていた。朝起きて会社でサイトをチェックすると驚き、新製品がたくさん発表されていた。

このあたりの情報でImpressWatchITmediaCNET Japanなど見てもらえば情報は拾える。前々からiPodのストレージ版や小さなマックが登場すると言う噂があったらしく、巷の意見は予想通り、ということらしい。最近アップルに疎くなってきたなぁ。。

ただ、今回の新製品の発表などを受けても、アップルの意図は明確だ。「新規ユーザーの獲得」「既存ユーザーのバージョンアップ」「ウィンドウズユーザーからの乗り換え」の3点に集約される。
■Mac mini(StoreURL
安いマックを銘打って出す。キーボード・ディスプレイが付属しないので、ウィンドウズユーザーからの乗換えを意図して言うと思う。ディスプレイなどそのまま使えるのは大きい。

■Ipod shuffle(StoreURL
新規ユーザー獲得のための秘策。この値段で小型ストレージが手に入るなら嬉しいと思う。自動的に残り容量に合わせて転送してくれるらしい、素晴らしい機能だと思うなあ。

■iWork(StoreURL)、iLife(StoreURL
いつの間にかOS10.3以降しか対応しなくなっている。僕は10.2なのでかなりショック・・・。既存ユーザーがバージョンアップを兼ねて新しいのを買うのを仕向けるんだと思う。iLifeは4を10月に買っただけにもったいない。Miniを買うとiLife5もついてくるので同時に買い換える既存ユーザーも多いんじゃないかなー。

アップル製品は値段が基本的に下がらないので、出た瞬間に新しいのを買うか、出た瞬間に値下がりした古いものを買うかが鉄則。買うなら今、じゃないかな。アップルストアで直接買うことをおススメします。僕もiPodは発売日に直接買ったし。アップルファンにとって、アップルストアは聖地です。

2005年01月13日

青色LED 発明の対価

青色発光ダイオードの特許の発明対価に関する訴訟が和解したと言うニュースが流れた。

これは中村修二教授が日亜化学にいたころ発明したもの。発明対価を不服として裁判を起こし、第一審判決で200億円を中村教授に払う、という判決が出ていて、企業側が告訴していたもの。青色ダイオードについてはこちらが詳しい

ニュースによると、8億円という一審に比べると遥かな減額で和解したとのこと。少ない、という人が多いと思う。青色ダイオードは近年の商品化の中でも最高クラスにあたる発明といわれている。青色ダイオードは、信号機や携帯電話など広く使用されていて、おそらく今の僕らの生活には欠かすことの出来ない市場規模を誇っているという。この8億円をもらいすぎ、と取るか少なすぎと取るかは人によると思うが僕は後者だ。


新宿駅前のライトアップ。この青色も中村教授の功績の1つ。身近な話題でもある。

スポーツ選手には何億ももらっている人がいる。人に夢を与えた対価としてそれは正統だ。それと同様に人の利便に貢献するような発明をした研究者にもそれ相応の対価を払う必要はあるのではないか。市場規模が2010年には1兆円に達成するほどの発明であるし、企業(日亜)もかつてない規模の収益をあげられるようになったこと考えれば8億円は明らかに安い。一番の心配はこれにより、優秀な研究者が海外に流出してしまうことだ。国内から才能が枯渇するようでは日本の未来は危うい。

今回の件は高裁から和解の勧告を出した、という。司法が自らの判断を放棄したようにしか見えない。中村教授の怒りももっともだ。日本は個が伸びることを嫌う傾向にある。護送船団の過去は良かったが、高度化した今では個が集団を圧倒する力を見せることがある。個を抑えようとする日本社会では将来が非常に心配でもある。

おそらく「発明対価」をめぐる議論が今後も盛んになるに違いない。新しい日本を作るため、新たな判決の流れが出来ることを祈りたい。

2005年01月14日

ありえないぐらい牡蠣

特に平日なので普通に仕事をしていると、18時前に友人Iからメール「いきなり急だけど20時半から牡蠣パーティしませんか」と。聞くところによると、「新鮮な生牡蠣」が突然手に入ったとのこと。20時半に行くのは無理だと思って諦めていたら、どうやら開始が遅れたらしく、会社を出る前に電話をするとまだやっている、とのことだったので目黒まで向かう。

目黒・・・月曜以来か。あまり新鮮味がない(笑)。22時半ぐらいに着く。中には10人ぐらい人がいて相変わらずの盛況。久々の再開の友もいるし、初見の人も多数。一気に知り合いを増やしていくのは苦手なので少しずつ増えたらいいな、と思ってる。

それにしても牡蠣がたくさんありすぎ。実は牡蠣自体好きじゃない(爆)のであまり食べたことがなかった。でも、今日の牡蠣はおいしかった。ここ3年分ぐらいの一気に食べた感じ。感謝です>I


終電間際の目黒駅。人はまばらだ。

関係ないけど、ページの上部にある画像、ランダムに変わるように出来ているんだけど、2004年度分も含めてランダムに出てくる枚数を増やしました(12枚→20枚)。たまに見てる方、是非リロードして画像が変わるのを見ていただけると嬉しいです。

さて、明日は金曜日。最後の1日だが、まだまだ頑張らなくては。

2005年01月15日

任天堂ニュースサイト

すごいサイトを発見した。

Nintendo iNSIDEという任天堂のニュースだけを集めたサイトだ。見ると1日10万PVを記録しているらしい、うむむすごい。公式サイトではなく、ライターを募集してやっている。僕が手伝っている某サイトと似ている・笑

ちょっとサイトがゴチャゴチャしてるのが難だけど、よく出来ていると思う。こういうサイトを作りたいなぁ。サイト運営は自分でするものじゃなくユーザーを作り上げていくもの、そう考えるとまだまだWebサイトは進化すると思う。

ブログの次はWikiだ。次を見据えていろいろ考えて行こうと思う。

2005年01月16日

ゼミの先生宅へ、そして従姉妹の見舞い

実は僕はGreeにて自分のゼミのグループを作ったが、最初は僕だけだったのが今は8人まで増えている。そこで1つ上の先輩から「15日に先生の家で新年会がある」という話を聞いたので行くことにした。

うちの代のゼミの幹事長と1つ上の代の方3人と5人で南浦和駅に集合、お酒と食べ物を買ってゼミの先生宅へ。行くのは初めてだったが浦和競馬場の近くとは驚き。結構うちの先生は偉い人のはずなのだが、家はそうでもなかった。


詳細な家の場所は秘密で(笑)。競馬が開催されているときはうるさそうな感じだ。

行くと20人ぐらいゼミの先輩・後輩たちがいて驚き。入れ替わり立ち替わりで人が今日は来ているそう。ゼミ自体が今年で最後の代になるのでちょっと残念だが、30年以上ゼミをやっていてOB/OGも1000人以上にもなるゼミ。どの分野でも先輩はいるし、いいゼミに入れたと思っている。今日も親ぐらい年の離れた人とも少し話せたし非常に良かったなあ。毎年開催されているが、行くのは初めてだった。毎年来て先生の元気な顔を見たい。OB/OGとも結びつきを強くしていきたいと強く思った。

さて、それが終わるとたまたま埼玉まで来たので、従姉妹に見舞いに行くことにした。祖母が亡くなったときに再会した従姉妹が、妊娠中に転んで(?)病院で静養しているという。南浦和駅から武蔵野線で3駅の南越谷駅へ降り立つ。実は従姉妹の家に行くのは15年ぶりぐらい。火事で焼けて引っ越した、という話を聞いてからは初めてになる。伯母さんに会ってちょっと話してから従姉妹の旦那さんの車で草加市の病院まで送ってもらった。

とってもハイテクな病院でビックリした(笑)。従姉妹は本当に元気そうで何よりだった。いきなりの来訪で驚いたと思うけど、快く迎えてくれてよかった。元気な赤ちゃんを産んでほしいなあ。見舞いが終わってから近くの道で伯母さんと旦那さんと飯を食べて草加駅まで送ってもらって帰宅。


あまり意味のない写真(笑)。東武伊勢崎線に乗ったのも久しぶりだなぁ。

ゼミの若手が馬場で飲み会を開いているらしい、と聞いていたが電話が繋がらずアウト・・。あわただしい日だった。

2005年01月17日

友達の歓送会&小学校の新年会

だいぶ疲れているらしい。昼前にムクって起きてちょっと仕事の更新をしたもののそのままくたばって結局起きたのが14時。健康に悪すぎる。さらに急対応のメールが入っていたために作業に追われ、16時ごろまでかかってしまった。。

慌てて大井町に向かって後輩OとNに合流。ちょっと面白い仕事(?)の企画を詰める。久しぶりにわくわくすることが出来そうだ。頑張らなくては。公開できる状態になったら公開します。

それから3人後輩が合流し焼肉屋に。今日は某NTT起業に勤めていたNと某IT系企業に勤めていたIが辞めて関西で一緒にベンチャー会社を興すということで、その歓送会。意思が強い2人だからきっと成功してくれるでしょう。周りでもベンチャーとかやっている人が多いのを実感する。僕は会社に入る、という道を選んだけどこれが正解だったかどうかは分からないけどお互い頑張らなければいけない道は一緒。場所が離れてしまうのが残念だけど、また関西に行ったときに飲むなりしたい。NとIの成功を祈りたい。

で、僕は焼肉は1時間ほどで抜け出して小学校の新年会のために新宿へ。新宿で小学校の友達と合流し先週予約した店(URL)まで。参加者は5人。名古屋トークや小学校の話などもして楽しく終わる。料理も韓国家庭料理というだけあって、非常においしかった。値段も1人3000円ぐらいで終わったのでお得だったのではないかと。


美味しい韓国家庭料理。ただ、僕にはちょっと辛すぎるかなあ。

それにしても「青木さやか」が小学校の先生の娘というのは驚きだった(笑)。小学校の友達のような懐かしの友達と会うときは懐かしい話をするのが面白い。小学校ぐらいになると、自分の性格やアイデンティティが形成された時期というのもあるので本当に楽しく話せる。次に会うのは愛知万博かな。愛知県から東京などに出てきている人は期待しているみたい、僕も大期待してます・笑

飲み会2つ掛け持ちと言う濃い日だったかな。それよ早く起きられればもっと出来ることが広がる気がする。ただ、風邪を引いてるんだよな・・・早く治します。

2005年01月18日

あの阪神大震災から10年

阪神大震災が発生したのは1994年1月17日午前5時46分。今日でちょうど10年になる。現地では今日も追悼行事が行われたと言う。

僕はそのとき愛知県の実家に住んでいた。被災地からはもちろん離れている。でも、あの瞬間は今でも覚えている。たまたま試験勉強で早く起きて勉強していた。すると突然大きな揺れ。愛知では震度3ぐらいだったと思うが、長い揺れが続いた。慌てて家族のところに「地震だ、地震だ」と言って向かった。すると親も起きていて「地震だってことぐらい叫ばなくても分かるよ」と突っ込まれた(笑)。というネタはさておき、その後テレビにかじりついたのを覚えている。

NHKの宮田アナがずっとテレビの前で「現在の被害状況は・・・」と繰り返していた。神戸在住のNHK記者は運よく繋がった自宅の電話で「すごい縦揺れがして」とレポートしていた。今みたいにインターネットで状況がすぐ分かるという状態ではないので、情報源はもうテレビしかなかった。

時間が経つにつれて被害状況が明らかになってきた。テレビに移されたあの高速道路が横に倒れている様を見て驚いた。神戸の一部地域の戦前に建てられた密集木造建物が一気に倒壊していた。火事も発生した。

まさに大惨事と言ってもいい。そういう震災だったと言ってもいいだろう。

そこで記憶に残っているのはその1994年シーズン、イチロー・田口を擁したオリックスが「頑張ろう、神戸」をスローガンにその年のシーズンを制覇したことだ。神戸の人を元気づけたい。スポーツの理念が人々の心に浸透した瞬間かもしれない。余談だが9.11テロで失意の元にあったアメリカ、そのシーズンのスーパーボウルを制したのはペイトリオッツだった。ペイトリオッツとは英語で「愛国者たち」という。失意のアメリカを「愛国者軍団」が劇的勝利でもぎ取った勝利はアメリカ国民を歓喜させた。昨年起きた新潟中越地震、まだ苦しんでいる人がいる。アルビレックス新潟はサッカー・バスケなどクラブチームからなる。是非とも新潟を元気付けてほしい。

今住んでいる東京に大震災が起こる可能性は高い。東海大地震はすぐにも起こるといわれている。自分があの境遇になる可能性はなきにしもあらず。阪神大震災から10年、ということもあり地震について見つめなおす良いきっかけになった。

もし東京で地震が起こったら意地でも生き残ってやる。はいつくばってでも生き残って次へ進みたい。

2005年01月19日

会社外での行動の重要性

18日は西麻布で仕事関連のパーティにお邪魔した後、六本木まで歩いてから地下鉄に乗って某人と新宿で会ってました。家に帰ると精神疲労でくたばった・・・。1時前に完全にくたばるのなんて久しぶりだなぁ・・。


六本木ヒルズの写真を撮ったので載せます。いいなーヒルズ(笑)

ところで、この1月で僕が若手社会人ネットワーク「Thincuvade」に顔を出して1年になるんですね。12月に学生時代の友達Sに誘われて顔を出したのが最初ですが、本当にいい経験をさせてもらった(これからも)と思う。このあたり、こちらこちらに当時の自分の感想が書いてあるけど、今もこの気持ちは変わっていない。一癖も二癖もある人が活発的に動いているのを見ると本当に励みになる。やっぱり人は人に影響を受けるものだと思う。上なら上としての影響、横には横の影響、下には下の影響がある。僕は学生時代はあまり横と活動してなかったので、「Thincuvade」のネットワークはいい刺激になっている、多謝。

会社で活躍している人と言うのはロビー活動も逆に活発にしている。仕事だけではなくて他愛ない話を繰り返しているうちにそれが深い人間関係になったりすることは多い。両雄並び経たずと言うか、仕事だけではダメでもちろん仕事以外だけでもダメ、うまくバランスとっていく必要があることを最近実感する。人望のある人は人に陰口をたたかれないし、理不尽に嫌われありもしないと思う。僕はどうだと言うと困るけど、少なくとも謙虚に謙虚に、「裏のない」生き方をしているつもり。自分ではそこまで人に嫌われているキャラではないと思うけど、いかがなもんでしょ?

とりあえずもうすぐ社会人3年目にも突入するし、仕事でもプライベートでもいろいろ考えないといけないことがたくさん出てきている。社外に関して言えば「Thincuvade」やスポコンなどのいろいろなコミュニティにいさせてもらっていい経験させてもらっている(最近は名義貸しというのも流行っているみたいだが)。僕がいてよかった、と思っていられるような場所をどんどん増やしていきたい。そして、そういう活動を会社に還元する、そう言う流れを作っていきたいと思う。社外で何も出来ない人は社内でもきっと何も出来ないと思う。

「Thincuvade」でばホームページも作らないといけないよね・・・ドメインも取ったので作りますね・・・遅れててごめんなさいです>メンバー各位

面白い話はどこでも落ちている。時間をうまく作って活動していきたい。

2005年01月20日

センター試験情報が漏洩

そういえば、15日・16日はセンター試験だったんですね。僕が受けたのはもう7年前になるかと思うと非常に懐かしい。僕は自他共に認める早稲田狂だけど、実はセンター入学なんだよね。法学部がはじめてセンター試験を導入した入試で、センター試験で足切りをして論文試験・・・で合格。本命(早稲田法学部)を受ける前にセンター試験で本命に受かってしまったと言うわけの分からない状況だった・笑

それから早稲田リンクスで1年半ほど受験コンテンツを担当してコラムを書いていたり。今はミルクカフェ主宰のけんすうとも仲がいいので、久しぶりにコラムを書いてみようと思っていたりしている(詳細決まり次第報告します)。やっぱり受験生というのは「やるしかない」人たちだから応援したいという気持ちが強い、僕としては。

まぁそれはともかく、センター試験の問題が漏洩していたというニュースが報道であった。2ちゃんねるにて、事前に内容を示唆した書き込みが英語と国語にあったと言う。聞くところによると、センター試験は出題者はその場所以外の問題を知らないし、印刷をする製本所にもセンター試験の問題だと分からないようになっているとのこと。事務局側が「漏洩はありえない」という主張にも納得がいく。

しかし、事実は漏れていた(と思われる)。となれば結果論として漏れた前提で見直しをする必要があると思う。今回のセンターでは試験時間が短かったり、教科書と同じ文章で出題されたりミスが目立つ。完璧というのはありえないと思うが、完璧を目指すだけの努力はしてほしいと思う。当事者だったらたぶん怒ってるんだろうなぁ、と思う。

でも、面白いのが事務局は「漏洩していない」と主張している以上、これって受験生の誰かが裁判所に訴えない限り警察も2ちゃんねるの書き込みを調査できない。でも、受験生も情報が漏れたことが直接的な被害になるとも思えないので・・・・。書き込んだ本人が名乗り出てこない以上はこれ以上何も捜査が進まない、という気がしないでもない。制度上の矛盾を見た感じもする。

それにしても、もう受験生もインターネットで情報収集できる人が多いので、各予備校などが即回答を出して、それを携帯で解答チェックなんてことも行われていた模様。受験生のライフスタイルなんてものも僕らのときとはだいぶ違うんだろう。世代の差を実感した一瞬だった。

受験生の皆様が本命校に受かることを心より願ってます。努力は絶対に報われるものだと僕は思う。

2005年01月21日

会社同期の送別会

20日、会社の同期Kの送別会があった。会社に入って1年9ヶ月、Kが初めて辞めるということになる。ただ、20人同期がいて辞めるのが初めて、というのは一般的に見て意外なことなのかも、と思ったり。

辞める最終日、ということで会社近くの飲み屋で送別会が行われた。東京にいない同期もいるので全員参加は無理だったけど、来られる人が参加した。Kとは事業部も最初は一緒で席もフロアが一緒だったので最初は仲良かったし、異動してからも部署的に絡むことが多かったのでやっぱり残念な気持ちが強い。

ただ、同期はいつまで経っても同期だと思うから大切にしたい。個人的には半分がまだ会社、4分の1が同じ業種で別の会社、あとの4分の1はまったく別の仕事をしてる、という形が理想かな、と思ったりね。不謹慎に思われるかもしれないけど、ずっと同じになんて居られるわけないわけだし、それならそれで同じ道、同じ業界の別の道、まったく別の道の三様に分かれた方が理想的かな、と思う。

で、肝心の送別会はベロベロに酔っ払ってしまった。今から思うと「こんな日に酒なんてセーブしてどうする」とか言って飲んでた。。辞める日に送別会だったので、その日に別れたらしばらくは会えないっていうのがあったのかなぁ。僕としてはこの送別会は本当に楽しかったし、Kとしても本当に楽しそうだったし良かった。最後は花束もらって涙浮かべてたけど、悲しいのはみんな同じ。Kの新たな船出をみんなで祝えたいい送別会でした。幹事のAとMにはお疲れ様でした、と言いたい。

それから僕は後輩Sが馬場で夜遅くに食事しているということで合流。酔っ払ってて何はなしてたかあまり記憶がないけど、久しぶりに会えたと言うことで1時間ぐらい話して楽しく別れた。

家に帰るとパソコンつけた記憶があるだけでいつの間にか寝ていた。。。同期の新たな船出を見て、僕もますます頑張らないと行けない、と強く思った。

2005年01月22日

プロレス界が面白くなってきた

知ってる人も多いと思うが、僕はプロレス好きである。「あぁ、あのK-1とかPRIDEとか」と思った人、それは間違い。K-1やPRIDEは格闘技の部類に入る。K-1は立ち技の最強決定戦、PRIDEは総合(寝技も含む)の最強決定戦と言えばいいだろうか。プロレスは違う。かつて猪木や馬場で人気を誇ったプロレス。3カウントで試合の決まるルール方式はその間にいろいろなエンターテイメントを盛り込む。

プロレスのよさは要はその試合を見て何を感じたか、にある。一瞬で勝負が決まる総合格闘技に比べると一瞬のキレはないかもしれないが、ラリアットの応酬や「プロレス技」と称される技の競演は肉体以上の素晴らしさがあると思う。僕自身、あまりプロレスに造詣が深いわけじゃないが、食わず嫌いでプロレス嫌いな人、是非とも一度プロレスのリングに足を運んでほしい。男の生き様が見れると思う。背景が分かるとより一層面白くなる。


2月16日全日代々木大会で「川田vs小島」の三冠戦。楽しみでしょうがない。

先日、2月20日の新日本両国大会にてIWGPヘビー級王者vs三冠王者の対戦が行われることが発表された。史上初の四冠戦となる。新日本(猪木)、全日本(馬場)の時代には実現できなかったこの組み合わせがついに実現。簡単に言うと、新日本プロレスで一番強い人間と全日本プロレスで一番強い人間がタイトルをかけてぶつかる、と言えばいいだろうか。今からでも胸が高まる。

今はプロレスはメジャー・インディ団体含め群雄割拠している状態である。あまりに体系が複雑すぎて理解できない人も大いに違いない。派手なKOなどで分かりやすい格闘技に人が流れるものしょうがないかもしれない。それが僕が残念だと思うところ。まったく別の競技としてみれば、プロレスはプロレスで味があることが分かってくれると思う。とにかくは一度会場へ行くことを勧めたい。

話題づくりに苦労しているようなプロレスだが、分かっている人は分かっている。もう少し裾野が広がるようになってほしいと思う。かつてのプロレス人気を取り戻せるか。自分としても少しでも努力できることはしていきたいと思う。

参考
全日本プロレスWeb:http://www.oudou.co.jp/
新日本プロレスWeb:http://www.njpw.co.jp/
プロレスリングノアWeb:http://www.noah.co.jp/

2005年01月23日

先輩のトークライブ

僕の先輩でとある超有名テキストサイト(素材サイト?)を運営している人Yさんがいる。大学1年から大変お世話になっている先輩。その先輩が、今度本を出版するというのとそれを記念してトークライブを行うと言うことで歌舞伎町まで行ってきた。その先輩と大物ゲスト2人と一緒にトークショーをすると言う形態。僕はサークルの同期と行ったのだが、先輩・後輩なども続々と後から来た。

結局3時間ぐらいトークショーが行われたのだが、サイトの裏話などのトークと突っ込みに大爆笑。あっという間に時間が過ぎてしまった感じがした。キャラは普段と変わってなかった先輩だけど、人を惹きつける想像力というのは脱帽もの。僕が思うにY先輩の魅力は「世の中を固定観念で見ない」ということだと思う。すべてに疑問を持って行動するから普通の人とは違うものが見える。文字で言うと簡単に見えるが実践するのは難しい。Y先輩の偉大さを再実感したイベントだった。

ちなみに午前中は会社のイベントでお台場に行ってきた。終わってからイベントのある新宿に向かった際に自転車を取り戻してきた。昨年末にいきなり撤去されただけに1ヶ月ぶりの自転車。今度はもっと大事に使っていきたい・・・。

2005年01月24日

サザンシアターで窪塚俊介

日曜は午前中ぎりぎりにムクって起きる。土曜が仕事のために早起きしていたのでこの時間に起きられれば恩の字かも。

昼飯を久しぶりにスガキヤで食べて、服を買ったり床屋行ったり本屋に寄ったり優雅な週末。それからカフェでいろいろ情報収集などをしていた。


曇り空の高田馬場駅。雪が降っていたようだけど小雨に変わった。

すると、突然友達Nから電話「今から演劇見に行かないか」と。時計を見ると18時半、演劇は19時から。偶然馬場にいたので良かった。すぐ新宿へ向かってNと合流。新宿の高島屋サザンシアターへ向かう。

見た演劇は「歩兵の本領」という演劇。浅田次郎(ぽっぽやで有名な)原作で、かの窪塚洋介の弟俊介が主演する舞台。いきなりなのでわけも分からず慌てて開演。

内容はというと、普通に面白かった。自衛隊の話なのでスポ魂要素がかなり詰まった男らしい舞台だった。2時間半ぐらい劇をやっていたけど、時間を感じさせない好舞台だった。個人的には的場浩司の存在感がありすぎ。窪塚俊介も初舞台らしかったけど、声も通っていて「兄の七光り」と思わせないだけの役者だと素直に思った。サザンシアターで見たのは初だったけどいい場所にある。もっと演劇を見尽くしていくぞう。

それから新宿の和カフェでNと談笑したあと帰宅した。思いがけない演劇に誘ってくれてNには感謝。予定を入れないでおくと幸運もあるものだ、と思った。

さて明日からまた仕事。明日は人と人の引き合わせがある。もっと効率的に時間を使っていこう、強く思う。

2005年01月25日

スポーツ関連の先輩と後輩の引き合わせ

9ヶ月ぶりになるのか。月曜は同じ業種(スポーツ)、ということで仲良くさせていただいているY先輩と、同じくスポーツ系も視野に入れて就職活動をしたいと言う後輩Mを原宿にて引き合わせていました。20時半原宿。この時間でも行くのがきついというのが無念(苦笑)。原宿駅で待ち合わせてY先輩、Mの3人で近くの喫茶店のような店の中に入る。ま、いつもの紹介業みたいなもの。


「お前が原宿?」って言われそう・・・いいじゃないすか、原宿ぐらい。

就職活動の話、ということでY先輩に仕事の話などいろいろしてもらう。五輪に行った話など聞いたけど、やっぱり羨ましいと思ったり。全国をどんどん飛び回っているようで、バリバリ仕事しているなぁというイメージ。話を聞いていて実は2人いるんじゃないか、と思ったぐらい。だからと言って、駅伝見たりホッケー見たり、フットサルで遊んだ、とかヒマを見つけて活動的でかつ、誰々と飲んだとかそういう交友関係の広さも伝わってくる。うーん、完全に負けた。もう少し仕事切り上げて渋谷とか新宿とかでいつでも飛んでいける関係を整えないとだめだなぁと思った。

Mも仕事の内容など詳しく聞けたみたいで大満足してました。それにしてもスポーツという分野は幅が広いと痛感。紙媒体・インターネット・エージェント・チケット・興行主・機構・選手・観客などあらゆる人がスポーツに関わる。日本はスポーツの規模が小さいと言われる。もっともっと気楽にスポーツに行けるようになって欲しいと思う。

そんなで23時頃に別れて帰宅。ちょっと作業をしようと思ったけど、すぐくたばってしまった。前日の3時間睡眠が響いたか・・・。バランスよく睡眠も取っていこう。

2005年01月26日

ネーミングライツビジネスが活発化

懲りずにスポーツの話。興味のない人申し訳ございません。

25日、ヤフーが福岡ドームの命名権(ネーミングライツ:naming rights)の取得へ向け、検討を開始したことが分かったと言う報道があった。先日も楽天の本拠地となる宮城スタジアムの命名権を人材大手「フルキャスト」が取得するということが明らかになったばかり。日本では「東京スタジアム→味の素スタジアム」「グリーンスタジアム神戸→Yahoo!BBスタジアム」が既にあり、「横浜国際競技場→日産スタジアム」への変更が決定していた。福岡ドームの命名権変更が確定すれば、5組目の事例となる。


W杯決勝も行われた横浜国際競技場は日産スタジアムに。

そもそもネーミングライツは欧米では過去から行われていたもの。有名なところでは、イチローのマリナーズの本拠地はセーフコ・フィールド(セーフコはアメリカの保険会社)であり、高原のハンブルガーSVのホームはAOLアレナ(AOLは説明不要かと)など多数ある(というかアメスポではないほうが少ないかもしれない)。企業名をチーム名に出さない代わりに、ネーミングライツが発達してきたとも言う。日本はプロ野球やバスケなどなどが企業名を関することで逆に施設は公共の名前がつけられて来た。日本では「公共」=「非企業」という意味合いが強いからだと思う。

僕自身としてはこのようなネーミングライツビジネスはどんどん発達していくべきだと思う。スポーツに関わる企業が増えていくことで、よりもっとスポーツの活発化を願う。それにむしろ、例えば企業名がチームにつくより、地域名がチームについて、本拠地に企業名についたほうが観衆も応援しやすいんじゃないかと思うし。BJリーグの理念のごとく、地域一体化としてスポーツを応援する環境になって欲しい。

大学でも、早稲田がアディダスと組んで大学名のブランド化に乗り出したことは有名。これについては批判もいろいろあるだろうが、アマチュアスポーツにまったく手を差し伸べない私企業の今の有様を見ると、1つのケースとして挑戦し続けて欲しい。OB会の援助頼みな内輪な大学の部活ではなく、広い意味で協力を募れる形が望ましい。大学名をブランド化、それに企業が応援すると言う形なら批判はひどくされないのではないか。

今の日本だと「さぁスポーツ見に行くぞ」って気合を入れないとスポーツが見に行きにくい環境にある。もっとスポーツの裾野を広げて、いつでも見たいときに見に行けるような形になってほしい。ネーミングライツビジネスの活発化などスポーツ界の構造が変わりつつある今、そういう地ならしをしていく必要があるのかもしれない。

2005年01月27日

一眼レフデジカメが欲しい

前に故障したと書いたFZ-1を修理に出してから見積もりが出てきた。修理価格は15000円程度とのこと。

今は小さいデジカメを持っているのでそこまで困らないが、スポーツ観戦に行く機会が多いので、ズームのデジカメが是非とも欲しい。しかし、FZ-1の修理に15000円も出すんだったら、新しいデジカメを買ったほうがいい気がする。しかも、中途半端に3倍ズームとかついていても意味が無いので、いっそのこと一眼レフデジカメを買おうか迷い中。

大学時代のラオタ(ラグビーオタク)の友達も10万以上するのを買ったというし、会社の先輩も持っている。あ?一眼レフデジカメが欲しい。ちょっと写真に凝ってみようと思うようになってきた。学生時代から取り貯めてきた写真は1万枚以上にはなるけど、クオリティを追い求めてみたい。一眼レフレジカメも値段が下降しているから買い目なのかな、と思ったり。

ということで僕が目をつけてみたのが下記デジカメ(URL

オリンパスのE-300。実売価格は80000円ぐらいまで落ちている模様。810万画素でレンズ付き、結構お徳かもと思ったり。

ただ、一眼レフデジカメではCANONなどが優位なんだよね・・・ここで安物(といっても高いけど)を買って後悔するのも嫌だし。が、逆に高いの買ってすぐ壊れたというのもオチとして嫌だ。春にはCANONから新しいのが出るという噂もあるし・・・悩みまくり。

買ったら報告します。たぶんまだ買わないけど・・・。

2005年01月28日

映画「ネバーランド」を見た

木曜日。仕事が直行で終わったので、友達と約束して映画「ネバーランド」を見てきました。場所は渋谷のシネフロント、最終の上映にギリギリ間に合った。

嫌いと言うわけじゃないけど、基本的に映画はまったく見ないので結構新鮮だった。「映画を見るぐらいなら演劇を見る」っていうのが僕の持論だったけど(失礼)、平日にポカっと空いた時間を利用して映画を見るのもいいかなぁと思った。


公式サイトはこちら

で、映画の内容なんだけど、詳しくはこちらを。普通にいい作品だと思ったけど、感動作ははずなのに僕は泣けなかったなぁ、無念。あまり考えずに見たのが良くなかったのかも。ただ、日曜の演劇もそうだったけど、上映時間を気にすることなく終わったのがいい作品という証拠。「人間の絆」をテーマに描かれているので、感受性の強い人にオススメ。

で、終わってから近くの居酒屋に入って日付が変わるちょっと前ぐらいまで食べて(飲んで)いた。

平日の時間をうまく使えた気がするのが非常に良かった。そんな木曜だった。

2005年01月29日

焼肉屋でア・チ・チ・ア・チ♪

タイトルでは明るくしたけど、実はあまり明るくない・笑

実は僕が今の会社に入るきっかけとなった人がいる。僕が内定をもらった時、たまたま僕の中高の親友Kのサークル(バンドサークル)の友達のEさんが1つ上の学年で同じ会社に入社していた。早速連絡先を聞いて電話をした覚えがある。そこでいろいろ話を聞かせてもらって入社を決めた。もちろん、入社すると1つ上の先輩になった。最初は部署が違ったのであまり話す機会もないと思っていた。が、去年頭の異動で部署が一緒になり、さらに今はEさんとは席も壁を隔てて向かいあっているという面白い事態になっていた。Kという共通の知り合いもいるということで、「いつか3人で飯でも」という話を前からしていたが時間が合わず流れていた。

が、なんとそれが3人で会えたというのが金曜の話。大井町で待ち合わせをして、3人で例の焼肉屋へ。相変わらずの絶品焼肉を食らう。もちろん普通に食べていたのだがアクシデントが。肉を動かそうと皿を持ったら、なんとその皿が熱くなっていて、そのせいで指が火傷してしまった。すぐ氷水に指を入れて冷やすも痛い痛い。


包帯を巻かれた3本の指。写真撮ってると余裕そうに見えるけどきつかった・笑

Kが店の近くの薬局で軟膏と包帯を買ってきてくれたので指に巻いた。痛かったけどしょうがない(原稿を書いている今は親指以外は回復した感じです)こんなアクシデントが起こるとは夢にも思わなかったなあ。利き手(左)だったので、箸も使えないし・・。

焼肉屋を出てからまだ時間があったので、駅前の和民に入ってちょっと飲んでから別れた。

人と人の繋がりをまたしても認識した日だった。意外と人と人は近いところでつながっていると思う。その繋がりを認識できるか認識できないか、こういうところの差が実は今後出てくる気がする。培った人間関係は大事にしたい、そう思う。

2005年01月30日

お台場で遊ぶ

土曜日。前々から約束していた友達と一緒にお台場で遊んできた。先週は仕事で行ってるので、そこまで久しぶりと言う感はないけど、りんかい線が大崎まで開通したことで本当に便利になったと実感。新宿から一本でお台場だもんね。「ゆりかもめ」の遅さが改めて分かった。


みんな馴染みのフジテレビ。僕が思ったより人はいなかったなぁ。過渡期か。

まぁで何をしたかというと純粋に遊び。飯食ってジョイポリス行ったりしたって感じ。それにしてもお台場には普通のチェーン店(スタバとかそういうの)があまりないのが不便だと感じた。土曜日と言うのにそんなに混んでるわけじゃないし。土地代考えるとちょっと大丈夫かな、と余計な心配をしてしまった。

で夕飯を食べてから別れ、高田馬場へ。夜遅かったけど後輩Hを呼び出して(ごめん)居酒屋で2時間ぐらい語っていた。

最近、肉体疲労以上に、精神疲労が激しい。うまくバランス取っていこう、と思う。

2005年01月31日

目的を忘れた食事

土曜日帰って来たのが遅かったけど、早めに起きることが出来た日曜。昼過ぎの約束まで間があったので軽く仕事をしつつゆったり。・・・のはずがiPodがアップデート途中にマシンがフリーズして壊れた模様。おかげでいろいろ調べていたら約束時間に遅れてしまった。


「Do not Disconnect」の画面から変化なし。抜くなって言われてもPC止まってるんですが・・。

とりあえずしょうがないので新宿へ向かって、OとIさんに合流。実はこの3人の組み合わせは3ヶ月ぶりぐらい。その時自転車で新宿に行ったので「自転車の人」とIさんには思われていたらしい。。で、どうしたかという昼飯を食べに近くのうどん屋へ。東京麺通団という店なんだけど、結構美味しいのでおススメです。僕も1人でフラッと行くことがあるぐらい。

しかし、そもそもどうしてOと会ったかと言うと「本を貸す約束」をしていたのだった。約束をしたときは本を貸す際にせっかくだ飯でも、という流れだったはずが、僕の中ではいつの間にか食事をすることだけが目的になっていたため、肝心の本を忘れた。。うーん、何のために会ったんだろう・・・。目的を忘れて会うなんてアホだった。Oよ、申し訳ない。


新宿はやはり人が多い。昨日のお台場は相当人が少なかったと思った。

結局それから3人で何故かカラオケに行って解散。僕はその後ヨドバシカメラで一眼レフデジカメの本を買って馬場に戻る。喫茶でいろいろ情報収集してから帰宅。

前に書いたように一眼レフデジカメが欲しい。本を読んだおかげでちょっと詳しくなってきた。買うなら買うで早く結論出して一気に買っちゃおう。そう思う。

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