突然の訃報でビックリした。15日夕方、近鉄・オリックスで指揮をとり、本年度は合併オリックスの初代監督にも就任していた仰木彬氏が70歳で死去した、という。
体調不良で本年を最後にオリックスの監督を退任し、球団アドバイザーに就任していたことまでは知ってはいたが、まさか亡くなるほどひどい状態だったとは・・・。おそらくそういう風に思っていた人も多いと思う。
パ・リーグ一筋で監督を務めた。野茂をクジで引き当て、イチローを見出した。イチローが海外に行く際には後押ししたことでも知られている。昨年、球団合併問題が出てきた時には、両チームの監督経験があるということで白羽が立った。近鉄とロッテの最終戦のダブルヘッダーで引き分けで優勝を逃した88年、阪神大震災の翌年には「頑張ろう、神戸」を合言葉に日本一になった。戦力が整ったチームで監督をしていたわけではないが、やはり采配を力に勝利をもぎ取っていた。まさしく「仰木マジック」だった。
球界は本当に大事な人を亡くしたと思う。ここまで球界のことを考えていた人はいないのではないか。まさか亡くなる直前まで監督をしているとは・・・骨の髄まで野球生活だったのだろう。ある意味、最後まで野球人で通せたと言うのが本人としては満足であったと思いたい。
タイトルでは「仰木彬監督」と書いたが正確には前監督というのが正しい。しかし、それではしっくりこない気がする。やはり「仰木監督」という言葉が良く似合う。いち野球ファンとして、仰木監督のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。