メイン

早稲田大学関連 アーカイブ

2004年01月24日

早実初等部、7倍もの寄付金要求

募集要項の7倍の寄付金要求 都、早実への補助2割減額

 こんなニュース見ました。お決まりの早稲田ネタですが、基本的に僕は早稲田に関しては+評価の類が多いのですが、これはさすがにひどいかな、と。合格108人中100人近くが350万以上の寄付金を納めたと言うことなので寄付金の額が合否に影響したのは見え見えでは。
 
 行かなかった大学へ払った入学金を返還しろと訴訟を起こしている人がいますが、こちらに関しては大学経営の中で入学金や受験料が多大な割合を占めていることを考えると、「大学生になるため」のパスポートとして大学側を指示したいですが、今回の件は「寄付金」と言う性質からしておかしいと思いますね。

 しかし、子供の数がどんどん減って行く中で学校経営も大変と言うのが見て取れる。少なくとも早稲田に関してはいつまでたっても「どうしても行きたい」と思う大学であって欲しいとは思いますが。

2004年02月12日

早稲田の入試が

朝、通勤のために高田馬場駅に行くと、Wの紋章をつけたバイトと思われる人が「早稲田の試験場はこっちになります」などと看板を掲げて案内していた。「もう入試の季節か」って思うと同時にOBとしてそういう風景を見るのは何か新鮮だった。

今年から国際教養学部が出来て全部で早稲田は11学部になった。学部間で横断して取れるオープン科目が増えていくことが考えると、将来的に学部の壁ってもっとなくなっていく気がする。大学院がどんどん専門家していくと、学部で学ぶものっていったいなんだろう、と素朴に思う。

ともあれ、受験生の皆様、頑張ってください。

2004年04月13日

早大大学院の植草一秀教授を逮捕

ひさびさの早稲田ネタ。

早稲田大学が去年から設置していた独立大学院「公共経営研究科」の教授「植草一秀」教授が痴漢で逮捕されたとのことです。ニュースが巡ったので知ってる人が大半かと思うのですが。個人的には好きだったので残念ですが、性犯罪で捕まってテレビに舞い戻ってきた人は皆無なので、おそらく社会復帰してもテレビの画面で彼の姿を見ることはないと思います。

それはともかく今回の件について思ったのが「早稲田」の名前がひたすら報道で挙げられていたということ。通常であれば「人気エコノミスト」という文字が躍るはず。しかし、スーパーフリーの件とも繋がって「早稲田」=「性犯罪の温床」という構図にしようと思っているような報道の仕方が早稲田激ラブな僕としては(笑)非常に気に食わない。いい意味でも悪い意味でも「早稲田」の冠を出しておけば注目を浴びやすいというところだろうか。報道の虚像に踊らされないように注意します。

最近の早稲田絡みのニュースはマイナスな面ばっかりなので、ここらでドカーンと大きなニュースだしほしいな、と思うこのごろです。

2004年05月12日

早稲田大学サイトリニューアル

実はGW中に気づいていたのですが、どうやら早稲田大学のWebサイトがリニューアルした模様です。

自他共に認める早稲田狂(笑)として、卒業してからもいろいろ関わりたかったけど、今のところ果たせていないのが悔しすぎる。声をかけていただければ馳せ参じますのでどうぞよろしく(←アピール・笑)

まぁともかくサイトの感想。前より良くなった。。。かな。少なくとも以前のようにDHTMLを使わない悪評メニューはなくなって、今回はちゃんとマウスオーバーで下の階層まで飛べるようになっているようです。ナビゲーションとしては非常に良くなった。

それにしても僕が在学中は連日のように更新されていたキャンパス点描がまったく更新されなくなってる。早稲田のホームページが頻繁に更新されるのは僕が所属していた学生団体が頻繁に更新していたため、という噂を聞いたことがある。そのサイトもまったく更新されなくなったので、そのあたりも幕を引いたというのが正解かもしれない。

ともあれ、大学のWebサイトとしては色眼鏡で見てることは否めないけど良く出来ているつくりに違いはないので、このままいいサイトとして保って欲しいですね。期待してます。

2004年11月07日

早稲田祭行きました

11月6日、7日は早稲田祭2004の開催日。昼に早稲田で人と人を引き合わす用事があったので、3ヶ月ぶりに早稲田大学まで行ってきました

今年の早稲田祭に関しては「実行委員と某一部サークルが盛り上がってるだけ」という酷評も現役の人から聞いていたので、どうかと思っていたのですが。

率直な感想はと言うと、「よく出来ていた」。それに尽きますね。他の大学の人で早稲田祭に行った人からも同じような感想が聞かれていたそうです。やっぱり早稲田のネームバリューはでかいと実感しました。

ただ、勢いとしては2年前の復活時のほうがあったというイメージ。やっぱり宣伝・広報がまったくされていなかったため、一部の人にしか認知されなかったのが原因でしょう。構内も普通に歩けたし(従来なら歩けないほど混んでいたはず)、それはそれですばらしいことですが残念な気もした。「裸で歩いている人がいた」など変人が集まっていた過去の早稲田のイメージからは程遠く、大学の規制も含めて、いいことかどうか分かりませんが、非常に秩序だった学園祭だった気がします。

一応、かつて学園祭復活運動に動いたものとして、過去から現在を見つめてみると、
■プラス面
・パフォーマンス系サークルが復興してきた
→やはり発表の場が出来たのが大きな部分。おそらく「早稲田祭」を最大のパフォーマンスの場として、学生のモチベーションも上がってきたと思います。

・企画系サークルの復活
→こちらも同等の理由。毎年講演会を行っていた団体や、音楽のアーティストを呼んでいる企画サークルとかはノウハウがどんどん蓄積されてきて、「学園祭がある」という安心感からか、強気な交渉が出来るからか、質の高い人が呼べるようになってきた。

・実行委員の素直さ
250人以上と言う大所帯の割にはうまく回っていた気がしますね。僕自身は今でも実行委員の結成反対派(だって、権威の裏づけがないから)なのですが、人数をうまく活かしきれている、という点ではプラス点じゃないでしょうか。

■マイナス点
・学園祭の理念が見えない
→学園祭が復活したまではOKとして、その次にあるものが見えていない気がする。すでに復活して3年目になっているわけだし、その次のステップに進むべき時だと思う。このままでは三田祭の二番煎じにしか過ぎない。僕は早稲田は慶応のコンペティターとして、対抗軸になるだけの新しい学園祭を長期的視点をもって創り上げて欲しい、と思っています。

・学際的な動きが少ない
→娯楽系の出し物、イベントが発達する一方で、学際的な催し物がどんどん減っていっている気がする。学園祭は学生の見本市であるべきだと言う観点からすれば、ゼミとか研究室とかそういう部分からの積極的な参加がないとやはりダメだと思う。

・広報がまったくされていなかった
→上述したように、有名人も結構来ているのに情報がまったく入ってこなかった。満員に出来なかったのはそのせいでしょう。早稲田に関する情報は卒業した今でも随時チェックしていますが、それでもカバーできなかった。学園祭のWebを見ていても、誰が来るのか、など非常に分かりにくかったし、パンフも同等でもったいない気がした。もはや「成功するのは当たり前」という視点に立って次のステップに進んで欲しいと思っています。

とはいえ、ほぼ満点に個人的には近い出来だったと思います。「良いものはいい」素直に思います。前にデジタル分野で劣っている、ということは書きましたが、それは事実。せっかくいいものを創り上げているわけだから、デジタルを活用してもっと情報を出していかないと、絶対にもったいないと思う。

個人的には、いろいろ早稲田の学生でSNSなどで友達を増やしている人がいますけど、早稲田祭というイベントで何かやったと言う話を聞かないのでそのあたりが気になる部分ですがね。やっぱりSNSは集まるだけで「次に何かやろう」というものではないような気がする。うーん、こちらももったいない。

ともあれ、早稲田祭に行かれた方、参加された方、お疲れ様でした。良かったです。

2004年11月30日

早稲田で「ひげの隊長」の公演中止

ひさびさの早稲田ネタ。

先日、早稲田大学でイラクで殉職された奥大使の1周期のイベントが行われたとのこと。そういえば、昨年の早明戦で全員で黙祷をささげたのを覚えている。もう1年も経ってしまったのかと思うと時の流れを感じる。

しかし、そのイベントで「イラクに派遣されたひげの隊長」こと佐藤正久さんの講演が行われるはずだったが、早稲田大学側の判断で中止になったとのこと。

がっかりした。

学問の独立たる早稲田の精神はどこへ行ったのか。「現役」の戦地へ赴いた自衛官の言葉は何よりの学生にとっての何よりの大きな糧になるはずなのに。何を恐れているのかわからないが、非常に残念なこと。

なお、「奥・井之上イラク子ども基金」という基金もある。奥大使の精神を受け継ぎたいと大学が考えているなら、今回の決定は残念だと言わざるを得ないなぁ。残念。

2004年12月21日

慶應のネットワーク

ジャーナルの吉川くんのブログにTB。あまりTBしたことはないけど、興味深かったのでTBします。

むらいさんから去年にこういう集まりをやっていたのは知っていたのだが、2回目も開催されたということで。こういうのを見ると理念とネットワークの重要性を実感する。慶応はこのあたりすごい。

俗に言われる早稲田と慶応の違いに、慶応はまとまって早稲田はスポ魂というのがある。つまり慶応はOB/OGというのが来ると大歓迎するんだけど、早稲田の場合はスポ魂のごとく一度は崖に落として「這い上がって来ーい!」というのがあるらしい(笑)。すんなり受け入れないのが早稲田らしいというか・・・。三田会も稲門会も勢力強いんだけどね。

話は戻って、KEOの話。こういうネットワークの主宰というのは本当に強い。継続開催していけば本当にもっともっと大きくなっていくかもしれない。慶應ジャーナルの初代と2代目のパワーには本当に尊敬できる。早稲田は・・・WSVAの現状等を聞くに悲観せざるを得ない。理念で動ける人間がどのくらいいるのか。

早稲田におけるブログの普及率を見ててもそうで、そもそも情報発信している人が少ないから、何をやっているのかわからないんだよね。卒業生になってしまうと情報が疎くなってしまうのは否めないが、早稲田祭に関してもそうで、外に出てこない情報をキャッチするのは困難としかいえない。

学生主導で、理念とか情報ネットワークとかそういうものを主に置いた人が出てこないものか、と思う。早稲田の潜在力を信じる(たい)だけに現状には嘆かざるを得ないなぁ。

とはいいつつ、僕自身の現状にも満足してはいない。やりたいやりたいだけじゃ意味がないのは分かるだけに、そろそろプロセスを実行に移さないと。時間を作るもの、まだまだめげませんよ。頑張ります。

2005年10月31日

早稲田の武内、ヤクルト入り濃厚

日曜日と言っても昼から夜まで仕事していたので、ネタがない(笑)。ってことでせっかくだし、久々の早稲田ネタを。

10月30日、早慶戦で早稲田が勝ち、武内晋一選手が平成17年秋の首位打者を獲得した。直後にプロ入り希望を表明、希望枠でのヤクルト入団がほぼ確実視されている。

これにより早稲田からは7年連続でプロ入りとなる。

H11:藤井(ヤクルト)
H12:鎌田(ヤクルト)
H13:江尻(日本ハム)、東(阪神)
H14:和田(現ソフトバンク)
H15:鳥谷(阪神)・青木(ヤクルト)・比嘉(広島)・由田(オリックス)
H16:田中(ヤクルト)
H17:武内?越智?佐竹?

ボクが早稲田に入学したのが11年だからその年から毎年というのもすごい。来年も宮本とかいるし、当分は安泰なんだろう。しかし、その中でヤクルトの指名率が高いのが驚き。活躍している人が多いのはすごいことじゃないのか。

さてさて武内はボクが4年の時の1年生、あの最強智弁和歌山から鳴り物入りで入団して春リーグからフル出場をしたのを覚えている。ただ、ボクが1年の時は打った印象はあまりなかった。上の代に鳥谷や青木らがいたからかもしれない。確か春の優勝パレードで「4年間で8連覇します」と言っていた印象がある。

その武内は2年の秋に進化を遂げた。後にプロとなる先輩と一緒に野球が出来たのが大きかったのかもしれない。4割の打率と17打点を上げ、その後の早大打線を引っ張る。4年間ほぼフル出場して六大学野球史上20位の102安打と早稲田歴代2位の73打点をあげている。

これまでの早稲田のプロの傾向はリードオフマンかエースというパターンが大きかったが、武内はクリーンアップ候補として期待されていると言う。ただ、ボクは彼の特徴はホームラン打者ではなく、際立った打点の高さだと思う。そういう意味でも「野球の玄人」が揃うヤクルトはまさにいいチームだと思う。チームが本塁打で点を稼ぐ野球をしていないので、彼のもつ勝負強さと種類率の高さが活きるだろう。

しかし、4年間で8連覇とは行かなかったが優勝5回は見事というほかない。今の学生は結構優勝することが普通になってしまっているが、そんなことはない。ボクの入学と入れ違いに卒業した人は優勝を経験していなかったりする。そういう状況を脱却して、優勝出来るだけの人材を毎年輩出しているのが今の早大野球部の進化であることは忘れてはいけない。

すぐに活躍、と言うのは難しいかもしれない。長い目で武内の活躍を見守りたい。

2006年03月21日

突然の訃報

大学のサークルの後輩のHが亡くなったという電話が後輩Yから21日夜いきなりかかってきた。そのあと、時を少しおいて後輩2人からも同様の電話がかかってきた。「え?」というのが第一印象。「後輩」ということでわかるとおり年も2歳下ほどだからまさしく晴天の霹靂な話。(あまりこういうことは書くべきじゃないのかもしれないが・・・)

今は実感が沸いてないというのが正直なところ。頼もしい後輩たちは昨夜からさっそく連絡をまわして動いているらしい。「いる」というのは話せば確認できることだけども、「いない」というのは確認のしようがない。

Hは大学で一番仲がよかった後輩だったのかもしれない。ちょうど2週間前に会社の研修で東京に出てきた際に、別の後輩Nと一緒に東京駅で会って話したのが最後だった。その時はまさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。彼氏以外で最後に会ったサークルの人のが自分とその後輩だと思うと、本当に悲しい。社会人になってからもホノルルマラソンの練習もしたっけ。そういえば夏も会ったっけ・・・大学1年からだから5年目の付き合いになるわけだから・・・浅い歴史じゃ絶対にない。

大体の人間の中には少しはくもりがあるものだけど、Hはくもりが見当たらないぐらい純粋な娘だったと思う。そう思うとなおさら非常に悔しい・・・。ちょっと時をおいて、必ず実家まで写真とか思い出の品を届けたいと思う・・・。ご冥福お祈りいたします。

2006年03月24日

日帰りで熊本へ

前述では、後日Hの実家に伺おうと思っていたのだけど、無理だと思っていた日帰りのメドがたったので、急遽葬儀に出させていただくことにした。朝7時20分の飛行機で羽田から鹿児島まで。そこから高速バスと送迎のバスで熊本県湯前のHの実家まで。

正直、家に到着するまではまったく実感が沸いてなかったのだけど、家の中に入れていただくと思いがこみ上げてきた。多くの後輩が来ていて、準備など手伝っていたみたいで頼もしかった。食事をいただいている瞬間も、少しでも話すと涙があふれてきそうで・・・。でもやはり写真を見るとダメだった、、、。

葬儀も滞りなく終わり、そしてHも永遠の眠りにつきました・・・。

そして帰りも鹿児島空港に行き、最終の飛行機で帰宅した。かなりの強行軍で熊本滞在時間は5時間弱だったけど、貴重な時間を過ごさせてくれた関係者の方に本当にお礼を言いたいです。

人は時が経つと「変わったねー」って言われることのほうが多い。もちろんこれは当たり前のこと。しかし、Hのことを思うと、やはりボクはいつまでも変わらない人間でいたいと思った。いつまでもHが思っていた先輩像の自分でいたい。それにはやはり変わらない自分であることが必要だと思う。そして、ボクはHがボクに期待していた価値のある人間になってみせる。それこそが今のボクの大きな決意。

出会ってから、5年間本当にありがとうございました。

2007年01月28日

ゼミ飲み

今日はひょんなことから大学のゼミで飲むことになった。同期飲み、というわけじゃなく1つ上も混ぜての飲み会。

場所は、高田馬場の「力」(笑)。実は「力」は早く閉まっちゃうから1次会であまり行く機会がないんだよね。ゼミと言う早稲田っぽい塊で、早稲田っぽい店をチョイスした先輩達に感謝。

メンバーは全部で12人ぐらいかな。僕らの代と1つ上の代で半々ぐらい。卒業以来始めて(つまり5年ぶり?)と言う先輩もいて懐かしい。話していて驚いたのが、1つ上の先輩の既婚率の高さ。聞くところによると、大体の人が結婚していたり、結婚予定だったりするらしい。いかに金融系の人が多いにしても、やりすぎかと(笑)。やっぱり堅い職種に就くと、安定性を求めて結婚とかしたりするんだろうかな。

店が閉まる直前まで飲んで、2次会は海乃屋へ。うちのゼミの飲みでよくここを使ったことを思い出した。ただ、今日は12時で閉まると言うことで、1 時間ぐらいしかいられず。それにしても1時間しかないにも関わらず無理やり1人頭2000円取ろうとして料理を出しまくるのはどうなんだろう・・・普通にビール1杯2杯ぐらいでいいレベルかと。

まぁでも楽しい時間だった。特にゼミの友達・先輩というのは、ボクの知り合いの中でも究極の堅い職種の方々が多いから貴重な存在。結構有名なゼミだったし、こうやって友達や先輩と集まると、この人たちと同じゼミでよかった、と思う。僕自身は究極な亜流なんだけどね(笑)

ということで1週間で3回の飲みに参加してもうた。さすがに今日は「ウコンの力」を買ったよ。お酒を嫌いなわけじゃないけど、あまり飲み会とか参加しないので、この1週間は貴重な日だったかもね。

疲れた。でもいい日だった。

2007年02月04日

早稲田ラグビーの戦いは終焉

本当は秩父宮に見に行きたかったんだけど、急遽仕事が入ってしまって・・・1日中早稲田大学内に拘束されておりました(笑)

ということで、試合は結果と少しニュースで映像を見たぐらいだけなんだけど、日本選手権1回戦の九州電力戦で33-36で早稲田は破れてしまった、という。

豊田も後藤もいない。キャプテン東条も強硬出場したものの途中で退くなど、ただでさえ薄い選手層がさらに薄くなってしまったというのも原因ではあるが、去年トヨタ自動車相手に大金星を上げた試合を見ているものとしては、この1回戦での敗退はとても悲しい。

結局、ボクが今年のチームに感じたのは「チームとしての目標が見えなかった」と言う部分である。去年であれば「トップリーグ上位チームに勝つ」ということを目標にしてやってきたけれど、今年の目標はどこに置いていたんだろう。

「監督が替わればチームも変わる」

これは当たり前のこと。Numberの記事などを見ていて感じたのは、「中竹監督はジーコ型だな」と言う部分。逆に言うと、清宮前監督は「トルシエ型」だろう。清宮監督は「オレについてこれば勝てる」という指導を行ったが、中竹監督は「分かるまで考えろ」と言う方針だった。ジーコのときにも思ったが、まだまだ発展途上にある国のスポーツであるなら、ジーコ型・・・要するに選手間で考えさせて答えを求めていくラグビーは厳しいのかもしれない。やはり今求められているのは、清宮監督のようなカリスマ性のある監督だろう。

それにしても残念だなー。今年の主力はほとんどが4年だったから戦力ダウンは必死。来期はまずは関東倒すところか始めないとね。うーん、心配心配。

2007年03月18日

サークルの追いコンへ

毎年恒例のサークルの追いコンへ出撃してきた。といっても、夜会社に行って終電まで仕事をしてから行ったので、会場の海乃屋に着いたら夜中の1時を過ぎていたけど・・・。

追いコン、といっても、もう現役の4年生はボクと大学が被っていない。つまり、もう大学を卒業して4年が経つ間近だ、ということ。先週も書いたけど、大学の4年間があれだけ長く感じられたのに、もう働き始めてから4年経つなんて信じられない。さらにその4年の間に転職するなんて自分でも思わなかったなあ(苦笑)

さて、ということで大学が被っていたのは5年生だけ。留年している人だから人数も対して多くないからなあ。改めてさびしく思う。まぁでも卒業したOBも何人か来ていたし、こういう雰囲気は好きだ。

追いコンの写真
追いコンの写真 posted by (C)こうへい

で、そのサークルはというと、僕らがいたときとは想像しにくいほど女の子が増えた。もちろん人数も増えた。噂で聞いただけだが、どうやら3大飲みサークルに格上げになったとか(苦笑)。まぁそれがいいことか悪いことかは別として、自分達がやってきたサークルがまだ残っているというのはある意味幸せなことかと思ったりね。

結局朝6時近くまでいて、それから郵便局に寄ってから帰宅した。年1回だけだけど、まぁこういう機会があるのはいいことかな、とも。若い人と話すことなんか滅多にないしさ。
やるからには一所懸命頑張らないと意味がないのがサークル活動だと思う。悔いのない学生生活を過ごして欲しいなぁと心から思う。

いい日でした。

2007年06月05日

早慶戦見に行ってしまった

早慶戦、土日で1勝1敗だったので、月曜日までもつれることになったのは知っていた。

いつもどおり仕事をしていて昼ごはんを食べに外に出たんだけど、そこでふと「あ、早慶戦やってるから見に行ってみようかな」と。会社から近いので、ちょっとぐらいなら見られると思って、モスバーガーで食事を買って、神宮球場へ。

一般席券1100円を払って中へ。感想としては「人が少ない!!」。あれだけ土日に34000人とか36000人とか人を集めて大きくニュースでも取り上げられておきながら、この肝心の最終戦、さらに優勝は決まっているので提灯行列があるという状況ながら、外野席すら人が少ないのはびっくりした。

斎藤目当てなミーハーなファンすらいないのか。それとも、日曜日に斎藤が投げていなくて出番が確実にないから少ないのか。いや、それ以上に、わずかな数の早大生しかこの早慶戦にかけつけていないというのが非常に悲しい。

野球早慶戦その1
野球早慶戦その1 posted by (C)こうへい

野球早慶戦その2
野球早慶戦その2 posted by (C)こうへい

僕らのときは、早稲田が優勝することは滅多になかったので、1回1回の優勝に驚いたものだけど、もしかしたら、今の学生は優勝することが当たり前になっているから、そういう貴重なところとかがないのかもしれないなあ・・・だとすれば非常に悲しい。写真を見ても分かるけど人が本当に少ないんだよね。

結局、見れた時間は15分ぐらい。その間に、早稲田が点取ってくれたので、行った甲斐もあるかなあ。

提灯行列
提灯行列 posted by (C)こうへい

そして優勝した後の提灯行列。こちらも近くを通るということで少しだけ見物に(苦笑)。おそらく昨日優勝したらものすごく人がいるんだろうけど、今日は観衆の少なさからも、提灯行列に参加する人も当然少ない。春に優勝して提灯行列出来るって言うのはボクが大学1年のときと同じ状況なんだけど、残念だと思うなあ。

夜のニュースで、祝賀会で斎藤君が「早稲田の黄金時代を築きます」っていう発言をしていた。彼のすごいのは、その持つ言葉にやはりそれなりの自信がみなぎっているんだけど、嫌味がまったくない。そして、その実際に言った言葉を実行してしまうという部分。ただ、やはり六大学を盛り上げていくためにも、この斎藤ブームが一過性で終わらないためにも、各大学にはもっと頑張ってもらいたいと思う。

プロになって立場が逆転してしまったが、早稲田時代の和田には、法政の土居や立教の多田野、慶応の長田といったライバルがいた。特に土居にはほとんど投げ負けてるんじゃないかな、確か。そのライバル関係が実力アップになったのは疑いない。甲子園の時の田中将みたく、六大学でも彼のライバルになれる人材が必要だと強く感じたな。

秋にはゆったりと野球が見たいな。ともあれ、早稲田大学野球部優勝おめでとうございました。

2007年10月28日

新規オープンのビッグボックス

高田馬場にBIGBOXというスポットがある。もう早大生なら知らない人はいない。待ち合わせでビッグボックス前というのはもはや常識でもある。

ビッグボックス外観
ビッグボックス外観 posted by (C)こうへい

そのBIGBOXがしばらくの間、改築工事を行っていて、21日にリニューアルオープンとなった。昔ゼミの謝恩会をここの最上階で行ったけど、おそらく中に入った人全てが感じていた「古い」という思いがこれによって取り残された。

ビッグボックス2階
ビッグボックス2階 posted by (C)こうへい

ボウリング場
ボウリング場 posted by (C)こうへい

ちょっとボウリング場とか顔を出して見たけど綺麗過ぎる(笑)。さらに2階は100円ショップとユニクロと僕らのような貧乏人にとっての黄金コンビが成立している(苦笑)。

実はこのBIGBOX、故黒川紀章の設計だとか。我が母校(高校)の偉大な先輩は、早大生の憩いの場のリニューアルにも貢献してくれた。これもリニューアルして嬉しいことの1つでもある。

是非是非、早稲田OBでしばらく馬場を通ってない皆様、一度ぐらいは馬場で降りて中を見てってくださいよ。新しさと懐かしさが融合したいい建物です。

ボクは2階をしばらく愛用することになりそうです。ハハハ。

2007年11月14日

早慶の人気逆転??

人気逆転?受験生の早慶戦、選択は早稲田

↑な記事発見。

要するに、今年の受験生を調査したところ、早慶の両方に受かったと仮定した時に、早稲田に入学すると言っている人が多くなったらしい、

よくよく考えると、ボクが受験生だったのも10年前に当たるわけで、その時は早稲田と慶応の両方に受かったら慶応に行くのが普通だった。10年経てば、学生の評価も変わる、ということか。

大学1年の頃、友達から「後輩が早稲田か慶応か迷っている後輩がいるんだけどどうすればいいかな」っていう相談をされたことがあって、その時は「早稲田が慶応か迷っている時点で、早稲田にしたほうがいい」と言った記憶がある。結局その人は確かどこかの国立に受かってそちらに行ったっていう気がするけど(笑)。でも、それぐらい当時は慶応に行くのが普通だった。まぁSFC神話が何故か信じられていた時代だからなあ。

奥島さんが総長になり、白井さんが奥島路線を引継ぎ、改革を早稲田は進めてきた。それが、「純潔主義をやめて、外部の優秀な教授を受け入れる」「大学全入の時代に対応できる、学部を再編」「早稲田のスポーツを強くする」「健全な学生生活(&そのための学園祭中止と復活)」であったりする。

個人的には、スポーツ科学部の学生審査が甘くなった(というか制限がなくなった)ことは問題だとは思うんだけどなぁ。

ともあれ、それによって早稲田の人気は上がっていることは事実だし、改革が成功しているのは言うまでもない。

早稲田OBとしてはいいニュースなんじゃないかいー。

2011年04月23日

どうやら新歓が始まったみたい

新歓始まったのか
新歓始まったのか posted by (C)こうへい

仕事を終わって高田馬場駅に日付が変わる前ぐらいに降り立つと、馬場のロータリーが人だかり。

確か20日から新歓が始まったとかそういう話をうわさで聞いたので、喜ばしい。3月末の卒業式&追いコンシーズンも、4月頭の本来の新歓の時期も人が閑散としていたので、久々に学生街らしい雰囲気を醸し出していたぞ。

自分が新入生として入学したのは12年前と干支が同じ年になってしまった・・・。懐かしさを感じるとともに、新入生には早稲田スピリットを学んで欲しいと老婆心ながら思う。

馬場に住んでて思うのは、この瞬間がやっぱり好きだ。

About 早稲田大学関連

ブログ「K's Weblog "Quick"」のカテゴリ「早稲田大学関連」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリは占いです。

次のカテゴリは日記です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34